7月31日(日)レジェンド横綱千代の富士関(九重親方)との思い出

♪♪fumi fumi sta~tio~~~n♪♪ 31日には レジェンド声優プロジェクトの 新宿角座での
「カドXアニ」のトークイベントで ほぼ終日小屋にステイ でした

なんといっても いらしてくださったみなさまが 我々と一体になり愉しんでくださったこと
プロジェクトのスタッフと 松竹芸能のスタッフのみなさまが ご尽力くださったこと
そして 初タッグのアメザリさんとの 抜群のやりとり  これらのおかげです

すべてのみなさまに 御礼を申し上げます  たいへんありがとうございます

あんな割腹絶倒のトークも 私だって久々でございます
布川ゆうじさんから ラムオーディションの 平野文決定の
とっておき 初秘話も でちゃったしね  あれには たまげました053.gif
そして 昼夜の内容が同じではなかった というナイスな結果もうれしかったわ~~ん

このトークイベントは 色々なサイト記事に掲載いただいていて
それをまた みなさまから教えていただいて  あらよかった~
http://bit.ly/2aMJjHv


そんな 2016年7月31日 
史上最強の力士・大横綱千代の富士(九重親方)が
          あっという間に 彼岸を渡っていってしまいました 

私たちがあんなに笑っていたあのとき  だったんですね 対極の31日でした

以下のURLは 「千代の富士」での検索結果です
http://bit.ly/2aMFMcd

訃報の掲載記事のうち下記は 「赤坂8丁目発スポーツ246:」の中の一説です
引用させていただきますね サブタイトルは

>【大相撲のレジェンドは千代の富士】 

>1981年初場所。
関脇として14勝1敗で並んだ横綱北の湖と優勝決定戦で相まみえ、
上手出し投げで下し、本割で敗れた屈辱を晴らして初優勝を決める。
ちなみにこの日の千秋楽・NHK大相撲中継は視聴率52.2%、
瞬間最高視聴率65.3%(関東地方平均・ビデオリサーチ社調べ)を記録し、
今も大相撲中継の史上最高値として破られていない。
ここから「ウルフフィーバー」が始まり、同年の7月場所に
2度目の優勝を果たして横綱昇進を決めた。

→みなさまも それぞれの思い出をお持ちだと思いますが
この出来事をご記憶の方も 多いでしょう
1981年のこの大関昇進のニュース度は ホントにすごかった

この大関昇進の報を受け 部屋に戻ってきた 当時の千代の富士関に
私 サシでインタビューしたのですよ・・・ それがね

大関昇進の報を受け 当日 部屋に戻って来る関取を 
部屋まわりで 報道陣が大勢待ち受けていましてね
そのなかに私もマイクを持って スタッフと一緒にいたのね
周りは報道一色の男性スタッフばかりで 女性は私だけ
当時は女性リポーターなんて そんなにいなかったのではないかな
テレビカメラマン 記事カメラマン 番組スタッフ 記者
みなさん整列していて それぞれ陣地取って おとなしく待ってたわけ
私は何の番組だったのかな 多分フジテレビのワイドショーだったと思います
翌日のインタビューコーナーに使う 素材の取材ですね 

それがさあ 千代の富士関が戻ってきたら もう あっという間に
めちゃくちゃ もみくちゃ
全員が一斉に千代の富士関に突進していって団子状態
私なんかあっとう間にはじき出されちゃってさあ 当たり前なんだけど
私にしてみれば 当時はそんなみんなが我先に突撃するなんて 想定外で 
なにが起こったかわからないうちに もう一瞬で放心状態
なんなのこれ・・・って放心   いやあ いまでもあのもみくちゃ度は忘れられない
私 突撃力なんてゼロじゃん(笑) とほほですよ

それからどうなったのか なにをスタッフと話をしたのか もう記憶にないのだけれど
とにかく インタビューは取れなかったのよ
で 私 一連の取材が終わって台風一過みたいにシ~ンとなった部屋の
玄関先に一人残されちゃってさ それで

「インタビューお願いします」って声出したのね スタッフどっかに行っちゃって私ひとり

そしたら

「いやだよ~」って 


奥で声がして  その声千代の富士(笑)
憎ったらしい返事だなあ と思ったけどw

「お願いします! わたし インタビューしないと帰れないんです」 


でも返事なし

当時の相撲部屋って なんかオープンで 閑散としていて無防備でね  
私みたいのが一人残っていても
門前払いもされないで そのまんま  ゆるかったです(笑)

それからどれくらい経過してたのかな

「なんだ まだ いたのか」

声がしたので見上げると
目の先の階段の上に 浴衣姿の千代の富士関が 仁王立ちしているの


「はい  わたし  帰れないんですよ」  「・・・・」



「しょうがねえなあ」  そう言いながら階段降りてきてね そして


「いいよ インタビュー してやるよ」


私このやりとりの下りをいまでも憶えているの
「してやるよ」っていう 千代の富士関の この物言いね
だってそのとき私 ちぇっ って思ったもん(笑) こいつえばってんなって(爆)

その後 板張りの稽古場で 2ショットで 今でいう独占ロングインタビュー
でも もうその内容とか 翌日の番組的にいう超独占インタビューの価値なんてのは
ぜんぜん憶えてない  その「してやるよ」って それだけ(笑)

今思うと当時の関取は 26歳ね で のちのち私とおない年だと知るワタシ
まあ ガキ同士の仕事でしたよ   あはは

余談ながら この81年秋から 千代の富士関は横綱に
私は同じく秋から「うる星やつら」で声優デビュー 

1955年生まれは 男性陣は優秀揃いなのね
千代の富士関を筆頭に (以下敬称略) 具志堅 江川 掛布 中野浩一
勘三郎 さんま 松山千春 世良公則 鳥山明 内藤剛志 郷ひろみ 
野田秀樹 ラサール石井・・

学年早生まれの1955年になると 所ジョージ 佐野史郎 小朝
益田由実 矢野顕子 竹内まりや 伊藤蘭  早生まれは女性陣もすごいな~

あああ でも 55年生まれの訃報は 勘三郎さんに次いで 千代の富士関か・・・
つらい感は 格別です
お二方とも 僭越ながら多少なりとも接点がありましたので  さびしいです

「インタビューしてやるよ」 これ 千代の富士関らしいなあ
って今も思います  九重親方より いまでも 「千代の富士」 です
当時(あいつわたしのことぜったいとししたっておもってたよ)

ほぼ わたしだけの独占の思い出 かもしれません
ニュースや記事を見るたびに わたしは泣いています


そうだ レジェンド声優プロジェクトのメインスタッフでいらっしゃる
藤井青銅さんも 同じく55年生まれなのです
31日の「カドXアニ」イベントでも 傑作朗読劇をかいてくださいました
青銅さんはほんとにすごい方で スーパーレジェンド著述家さんです
http://bit.ly/2arohdx
いまツイッターで ショックです と・・・
https://twitter.com/hiranofumi/status/760510917377347584





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by DJfumi | 2016-08-02 23:50 | fumi fumi コラム | Comments(2)
Commented by Pang(パン) at 2016-08-03 01:20 x
おはこんばんちわ( ・ω・)∩

日曜日は昼夜を分かたず、お腹を抱えて笑わせて貰いました。
あんなに笑ったのは、久しぶりかと思います。
昼夜参加してホントに良かったなと思いました。
ぜひ次回、次々回と、定期イベント化して頂きたく思います。

そんな中、大変残念なお知らせがあったのですね、私も、家に帰ってからネットのニュースなどで
知りました。
千代の富士で一番印象に残っているのは、引退を考えるきっかけとなった貴花田との対戦と
引退を表明した記者会見のときの「気力・体力の限界」という発言。そのときの情景は今でも脳裏に焼き付いています。
あんな名横綱はもう見られないかもしれません。

謹んで哀悼の意を表します。
Commented by アリテレ at 2016-08-03 10:25 x
千代の富士の訃報にはびっくりしましたね。まさか、まだ若いのに。そうだ文さんと同じ55年生まれだったなぁと。
その55年組は、ホント各界で大成功を収めた方ばかりですよね。あとはスティーブ・ジョブズ にビル・ゲイツ。
すご過ぎ!
あと西城秀樹もね。

千代の富士には、心よりご冥福お祈り申し上げます。